学びが仕事

 教員というのは教えることが仕事だと思われているし、確かに技能や知識を伝達することで糧を得ている。だが、教えるには、学ぶことが不可欠だ。例えば、easeだってただの名詞だけではなくて、動詞もあるとか、どんな風に使われるかを改めて知らなければならないし、社会言語学のトピックが出てきたら、その文献を調べなければならない。教えることは学んだことの氷山の一角だから、その氷山を大きくしなければ、一角を大きくすることもできない。

 学ぶことは教員だけの話ではなくて、結局社会の中で生きていくもの、全てに関わることなんだと思う。学びを止めずに、派生させながら歩き続ける人が、実はこんなコロナ禍の時代でも、何が求められ、何が必要で、何があればいいのかを見つけていけるんじゃないだろうか。

 私も微力ながら、毎朝の活字から、あれこれと学び続けることだけはなんとか続けていけている。これがいつになったら生かせるか、それはわからないし、もしかするといかせることは一生ないのかもしれない。大いなる無駄かもしれない。だが、無駄の多い人生は豊かな人生になる。これだけは確信している。