マスコミの不思議

 最近はテレビを見ていて、不愉快になってしまう。もしかしたら、正しく年齢をかさねて、老人になってきた証拠だろう。「そんな細かいこと」ということが気になるのだ。まず、刑事事件の被害者がどうしていつまでも顔写真を出されなければいけないのだろうか。どんな背景があろうと、非難されるべきは加害者で、被害者を責める必要はない。それなのに、被害者の写真があれば、どんなものでもと、小学生の時のアルバム写真までも入手して公開してしまう。しかも、ワイドショーになれば、それを何度も使う。肉体的に被害に遭った後に、さらに追い打ちをかけるように社会的な晒し者になる。果たして、そこに「知る権利」なるものが認められるのだろうか。そのくせ、政治家の判断では、表面を撫でるだけの扱いだ。パパ活などのゴシップネタでは突っ込むのに、選挙制度の増減ではさらっと流すだけ。そもそも人口が減少している国の中で政治家を減少させない理由がない。だが、視聴者がわかりにくいからと、避ける。わかりやすいゴシップばかり流す。それで国民はさらに考えなくなる。この国の国民を考えさせなくさせているのは、マスコミの影響が強いと思うのは穿ち過ぎだろうか。

 さらに不思議なのは、車の事故だ。なぜかベンツだけが、「ベンツが衝突しました」とブランド名を公表される。他のメーカーの場合なら、「自動車が…」と会社名は明かさないのに。民法はCMの関係があるのだろうが、それならベンツも同じ扱いをするべきではないか。どうもベンツだけを標的にするのは、視聴者がベンツを運転する人に対して抱く感情を代弁しているようにしか思えない(我が家はベンツには乗っていません(苦笑))。