ファーストクラスの音をポチっちまった!(笑)

 アマゾンのプライム会員セールにまんまと乗せられてしまった。セールが始まってあれこれ見たけれど、特に欲しいものもなく、セールはこのまま終わりだなと、思っていた時にふと目にした広告がいけなかった。「ヘッドフォンもセール!」まあ、大したものもあるまいと覗いたら、なんとずっと前から、欲しいと思っていたBoseのワイヤレスノイズキャナセリングヘッドフォンがあるではないか。しかも約1万縁引きだ。ええ!っという驚きと困惑で、買うかどうかを迷うこと、1時間。朝の3時の決断だった。

 BoseノイズキャンセリングヘッドフォンはComfort 15を持っていて、ずっとそれを使っている。一昨年にはイヤーパッドの交換に乗じて本体そのものを交換してしまったくらいだ。飛行機に乗る時には欠かせない存在で、これがあるだけで、飛行機内の中に静寂を感じることができる。航空会社の中には、このBoseノイズキャンセリングヘッドフォンをファーストクラスに備えているところもあるとのことだ。

 Comfort 15を使う上で、唯一不満だったのは、有線だったことだ。このコードが狭いエコノミーの席では結構煩雑で、トイレに行くときや、隣の人がトイレに立つ時なども邪魔になっていた。ワイヤレスが欲しいとつくづく思っていたのだが、何しろ値段が値段だ。おいそれとは手が出ない。いいなぁ〜と、思うこと度々。

 そんな中でのこのセールだ。ちょうど今週末からアメリカ出張もあって、心が揺れたのである。ヘソクリをあれこれ考えて、なんとかなるかと思い、思い切ってポチッとしてしまった。

 先ほど、ようやく届いて、早速つけて見た。うん、素晴らしい!書斎の中でエアコンと扇風機の音がうるさいなか、これをつけて、今井美樹の円熟した歌声を聴けば、もう、酷暑も忘れてしまう。こりゃ、素晴らしい!音質をあれこれをいうなら、もっと他のヘッドフォンが良いのだろうが、このノイズキャンセリングという特定の性能に価値をおくのなら、間違いなく買いだと思う(特にセールでは)。

 ちなみに、Comfort 15はずっと研究室で使ってるので、そのまま研究室だけで使うことにする。研究室のエアコンや外での芝刈り機の音がすっかり忘れられて、読書に集中できるからだ。 

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真夏のバッテリートラブル

 昨日の朝、いつものようにiPhone 8 PlusをBelkinの無線充電器の上に置いたのだが、バッテリーのパーセンテージがあがらない。おかしいと思い、今度は優先で充電を試みるが、これも同じ。さては、この酷暑でバッテリーか、充電機能が故障してしまったか!土曜日からアメリカ出張だというのに、困った!
 とりあえず、iPhoneの設定を見直してみようと思い、設定項目をクリアーして、再起動してみた。すると、充電は行われるようになった。だが…無線充電の速度が遅くなった気がする。さては、無線充電機能がやっぱりやられているのか。慌てて、Apple Storeジーニアスバーに予約を入れる。もしかすると無線充電器そのものが壊れているのかと思い、それも持参する。Apple Storeでは手慣れたスタッフがiPhoneの診断アプリを使って、iPhone 8 Plusに故障があるかどうか調べたのだが、問題なし。それでは、無線充電器かと思ったのだが、それは別途Belkinに問い合わせてほしいとのことであった。そこで、念のためにApple Storeに展示してある無線充電器で充電の様子を確認していいか聞いたところ、良いとのこと。そこで1%バッテリーの値が上がるのに時間を調べたら、約6分。これを参考しして、帰宅後に改めてBelkinの無線充電器で充電してみる。
 すると、結果はApple Storeの無線充電器と同じなのである。特にBelkinの無線充電器による充電が遅いわけではないようだ。そうすると、今までの「速い」というイメージは何だったのだろう?
 とりあえずは充電ができることを確認したので、一件落着というところ。

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縦のものを横に

 学生に日本語から英語にしなさいという時、例えば、「そんな簡単な課題は朝飯前だ」なんていうものだと、Such an easy task is before breakfast.なんて感じになる。こんな時に、縦のものを横にするだけではだめだとよ言ったりする。ちなみに上記の日本語はSuch an easy taks is a pieace of cake. という感じになろうか。あるいはSuch an easy task is a Mickey Mouse.となろうか。いずれにしろ、本当の意味がわからなければ、直せないと言うことだ。
 さて、縦のものを横にするとどうなるか、実際にやってみた。本棚を横に設置したのだ。このところ地震も現実の恐怖となっているので、本棚の本を自炊のPDFに変換したりしてきたが、もっと根本的な問題として、本棚そのものが危険物になる。そこで、本棚を横にすることで設置面積を多くして、安定させ、なおかつ、倒れたとしても、横にすることで、危険の及ぶ範囲を小さくしようと思ったのだ。二竿あった本棚を横向きとして、一つは、今までのところ、もう一つを机の背後に設置した。
 その結果、スピーカーを設置する高さがちょうど耳のたかさになり、Soundlink Miniの音がさらに良くなった。目をつぶって聞けばこの小さなスピーカーからかなり迫力音が出る。背面の壁がバスレフの音をうまく反響させているからだろうか。こうなると、眠っていたオーディオへの欲望がふつふつとしてくる。タンノイのスピーカーなどという言葉が頭をよぎりはじめる今日この頃である。

 

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温故知新2

 私の仕事は大学で英語やコミュニケーションを教えることだが、専門は言語学である(このブログの読者はただのガジェット好きの模型オヤジとしか見ていないだろうけれど)。言語学というと一般の人は多くの言語を話せるんですか、とか、最近は言葉が乱れて困りますね、とか、語りかけられるのだが、言語学者が塚英子なすことができるのは、最低自分の母語だけで、あとは何か一つの外国語くらいだ。文献で様々な言語のことを理解できるのは言語学者のたしなみとしても、使いこなせるわけではない。私だって、「愛している」を数カ国語で言えるくらいだ。
 研究室や自宅の本を自炊してPDFにしているのだが、そうすると不思議なことに、昔読んだ本が懐かしくなって、ついつい眺め始めてしまう。本によってはほんのちょっとさわりだけしか読んでいなかった物も多い。その中で、L. BloomfieldのLanguageがある。
 この本は私が学部生の頃なら、多くの言語学の先生方が必読の書とあげていた物だが、最近では前世紀の偉業とたたえられこそすれ、必読の書というポジションは追いやられた気がする。アメリ構造主義の集大成ともいえる本で、これは第2章に書いてある刺激と反応としての言語が有名だ。
 私も学部生の頃に夏休みの宿題で、この本の1章、2章を読んでくるようにとの課題が出た。当時はわからないから、翻訳をメインにしながら、確認で原著の英語を読んだのだが、久しぶりに目を通すと、素直な英語じゃないか。あれよあれよとと読み進めていくと、21世紀の言語学でのトピックになる意味の研究や、言語と社会の関係についての萌芽もうかがえる。
 アメリ先住民族についてはindianという今では死語となった表現もあるが、音韻、形態、統語という構造について基本的な勉強をするにはちょうどいい。今はもっとわかりやすくて、いい言語学の入門書が多数あるけれど、たまにはこういう古典に立ち返るのも、新たな発見があって新鮮なものだ。

忘れられてしまう昔の物

 いつも赤ペンとして使っているダンヒルの万年筆のインクコンバーターが壊れたらしく、インク漏れを引き起こしていた。学生のレポートから小テストの採点に活躍してくれているペンで、1984年にイギリスに研修に行ったときに買った物だ。もう34年も前の物になる。さすがにそれだけの年数がたてばメカニカルなコンバーターの寿命が来るのもむべなるかな。
 代替えのコンバーターを求めて栄の丸善に行く。ところが、ダンヒルコンバーターはないとのこと。似たような物がないかと尋ねたら、どうやら、ペリカンの物が合うだろうとのことで購入してきた。
 しかし…である。実は微妙にサイズが合わなかった。どうしても引っかかりが出てしまって、インク補充の時に本体からカバーを外したときに、コンバーターがカバーにひっついてしまい、インク補充ができないのだ。困り果てて、ネットで調べてみたが、どうもこのコンバーターはもうないらしい。さすがに30数年前に売っていた物の消耗品はないか…。昔の物は忘れ去られていくのが慣わしとはいえ、さすがに寂しい。いや、寂しがっているよりも、このペンが使えなくなるのは痛い。どうにかできないか。
 実はもう一つダンヒルの万年筆がある。これは16歳で初めて、アメリカに一人旅をしたときに買った物だ。人生の重大事に関わる物はすべてこれで記入した。履歴書も婚姻届も。それだけに日頃は使わない。ふと、この万年筆のコンバーターはへたっていないだろうと思って、つけてみたら、うまくいく。だが、そうなるとこの万年筆が使えない。ダメ元で今日購入したペリカンコンバーターをつけたら、ばっちり。こいつのボディの方が若干太めなのが幸いしたようだ。購入してから、39年になるのだから、考えたらかなり年代物といえる。
 これでなんとか両方の万年筆が使えるようになったのだが、もう両方ともアンティークの扱いを受けるようなもの。今度消耗品を見つけようと思っても、なかなか難しいだろう。今の消費社会なら10年前の製品の部品さえ残っているのが珍しい。どんどん昔のものが忘れれていく寂しさは、きっと、自分も昔の人間として、忘れ去られていく怖さを感じているからなのかもしれない。

 次にコンバーターが壊れるときには、私がもう仕事を引退しているかもしれない(笑)。

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左が赤ペン用で右のペンからコンバーターを移植。

右がペリカンコンバーターに入れ替えた方。

ジェネラリストとスペシャリスト

 先日購入したソニー電子ペーパーDPT-CP1とポメラDM200にはまっている。前から使っていたもう一つの電子ペーパーDPT-RP1は毎朝の読書に使っていて、これは生活の一部になってしまった。さらにリラックスして、大好きな東海林さだお椎名誠土屋賢二のエッセイだとか、その他の小説を読むときにはKindle Oasisを使っている。
 実は、上記の4機種の機能はiPad一つでこなすことができる。何も、別途、用意する必要も購入する必要もないのかもしれない。しかし、そこにはジェネラリストとスペシャリストの違いが厳然と存在する。
 ジェネラリストのiPadは純正のメモアプリでメモ書きもできるし、MS-Wordで論文の作成もできる。当然PDFの閲覧や書き込みもGoodnotesを使えばできるし、Kindleアプリだってある。これ一つで優秀な文具であり、ガジェットだ。どうしても一つしか持つことを許されないとすれば、iPad一択だと思う。そういう意味では素晴らしいジェネラリストだ。
 だが、iPadの液晶は長時間見ているのはつらいし、どうしてもApple Pencilで書き込むときの感触は紙とは異なる。カツンカツンと書いているというよりも、たたいている感触がある。さらにいえば、本として使うときにはもっと軽くあってほしいと思う。たまに面白いところや、あるいは論文を読んでいるときに集中したいときに限って、メールが入ったりする。
 だからこそ、スペシャリストを求めてしまう。ガジェットが増えることは経費やら、管理やらコストがかかる。もしかすると企業の人事でも同じことがいえるだろう。スペシャリストを4人も雇うなら、ジェネラリスト1人を雇う方が安くつく。だが、スペシャリストはその仕事ぶりが深い。電子ペーパーの目に負担のない画面は3時間でも4時間でも見続けることができるし、ペンの書き込みは紙に近くて、今やDPT-CP1は私のシステムノートとして、毎日持ち歩いている。実際に使っていたシステムノートの重さと比べたら遙かに軽いし、ドキュメントの切り替えもすぐにできて、書き込むことが楽しくなる。
 DPT-RP1のおかげで、蔵書を心置きなく自炊することができるようになった。本に占領されていた場所が空いて、空間的な余裕ができただけではなく、いつでもアクセスできる利便性も上がった。ポメラに至っては、目の前の文字に集中できるので、いつの間にやらペン代わりである。第一、蓋を開けば、すぐに文字が打ち込める。これがiPadならまずはメモアプリのアイコンをタップしてと、一手間かかってしまって、頭の中のアイデアが、一旦停止してしまって、書きたいことがかけなくなってしまうことがよくある(記憶の問題だな…(苦笑))。

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スペシャリストたち

 


 ジェネラリストのiPadはコンピューターの縮約版だと思う。アプローチは「何でもできる」だ。一方のスペシャリストたちは、文具の拡張版だ「これしかできないけど、極めます」というアプローチだ。電子的な共通項があるから、この両者はオーバーラップすることもあるけれど、やはり、その素性が異なる。利用者としてはそこを理解しないと活用できないような気がする。
 一つ言い忘れていた。ジェネラリスト以上に優秀な秘書がいた。片時もそばを離れずにほぼ24時間尽くしてくれる秘書。その名はiPhone 8 Plus。

ポメラを買い足す!

 前にもこのブログでポメラDM200が素晴らしいことを書いた。あれから、ポメラを意識的に使うようにしたら、これがやはり便利なのである。報告書の下書きをちょっと書こうと、すぐに取りかかれるし、なんといってもATOKが賢いので変換に時間がとられない。これをiPhoneiPadで使ってやろうとすると、まずはアプリを立ち上げて、キーボードの準備をして、さらに文字入力すると変換が賢くないし…となる。
 ところがポメラなら蓋を開けるだけだ。すぐに文字入力ができる。本を読みながら、特に引用したくて、そのままを記録しておきたい場合に便利だし、読書記録もファイルにして、ちょこっと書き足すには便利だ。
 さて、こうなるとポメラを自宅の書斎でも研究室でも使いたくなる。もちろん、たったの780gなのだから(笑)、鞄の中に入れればすむことなのだが、この重さはかなり負担になる。鞄には、ほかにもソニーのデジタルペーパーDPT-CP1(380g)も入れなきゃいけないし、財布も入れなきゃいけない(お金が入っていないので限りなく軽い)。そもそも今や鞄さえ重たく感じる身に(爆笑)、この重さは厳しい。
 そうなると、あとは買い増ししかない。最初のポメラDM200は研究費で購入しているので、基本的に研究室に置くものだ。となれば、自宅の書斎に置くものを自腹で買うしかない。
 というわけで、2週間ほどDM200にするか新しいDM30にするかを悩んだ末、DM200に決定し、価格.comで最安値のところをチェックして、購入に至ったというわけ。ちなみに、自宅のポメラと研究室のポメラでデータのやりとりをどうするか?もちろん、ポメラsyncでmacのメモを介在するでもいい。ただ、研究室のネットだとポートが閉じられているので、ポメラsyncで同期ができない。その場合にはいちいちiPhoneのディザリングするしかない。それも面倒なので、SDカードにデータを入れてそれを持ち運ぶこととした。SDカードなら財布に入る(笑)。重たくないし(笑)。

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