相補分布と素性

 言語学を学び始めると、「音」から始まる。言語音は大変に多く、一体どれくらいの言語音があるかと思う。人間の言語音を全て対象とするのが「音声学」である。音声学は聴音音声学、音響音声学、聴覚音声学の3種類があり、音響音声学は刑事ドラマなどでよく扱われる。音声をオシログラフにかけて、時間、周波数、強度の観点から分析する。同じ「あ」の音でも、人によって口腔内の物理的なサイズが異なるので、違う音として視覚認識できるし、同じ人間の発音でも全く同一の波形にはならない。

 大学ではもっぱら調音音声学が講義されるはずだ。これは言語音の発音を調音点と調音法の二つの観点から分類する方法である。例えば、同じ「l」(エル)の音でも、lightのように語頭に来る場合は、「明るいエル」、pullのように語尾にくれば「明るいエル」と分別される。他にも「東京」と発音する場合のtは気息が伴うが、「京都」と発音する場合の語尾のtには気息が伴わない。日本語ではこの気息のあるなしを区別しない。だが、中国語では明確な別な音として認識されるから、外国語学習は難しい。

 さて、同じtでも語頭、語中、語尾によって現れ方が違う。だが、そのどれもが同じtとして認識する。このような認識は物理的な特性から離れて、集団心理的な認識になる。いわば心理的なリアリティーとなる。これは個別の言語ごとに異なる。ここからが「音韻論」と言われる、個別言語の理論の枠に入っていく。

 さて、英語の場合、th(hは気息を示す)、t、t-(マイナスは発音されない)の3種類のtがあるが、それを全てtとして認識する。現れる場所が異なるものの、それらが一体となって、一つのtという音の認識を作り出し、作用している。この認識される音の構成素を「音素」という。音素はいくつかのバリエーションによって構成される(前述のtの例)。それぞれのバリエーションを異音と言い、異音は出現する環境がそれぞれ異なるので競合せず、それぞれが集合体として音素を形成する。この分布を「相補分布」という。相補分布を形成している音は一つの音素を形成する。

 そのように考えると、iPadも一つの機種だけというよりも、それぞれの機種ごとに使われるシーンが異なるとすると、それは一つの「異種」となり、iPad Pro 12.9(家、机上づかい)、iPad Pro 11(出先づかい、授業時づかい)、iPad mini (手帳として)と考えると、この3機種は異音のように現れる場所が異なる、いわば一つの相補分布を形成して、「iPad素」を形成すると考えることができる。iPadを個別の機種として認識するのではなく、機種の集合体として捉え、その異音にあたるものとして、上述の3機種が具現される機材と捉えればスッキリするのである。

 

 こうして、値上げ前にiPad Pro 11とiPad mini6に心を奪われている自分自身に理論武装をしている最中なのである。